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長田尾根

 
今回は、富士山測候所を支えた(日本の気象観測を支えたと言っても過言ではない!)長田尾根にスポットを当てました。

富士山御殿場登山道沿いにあるこの鉄柵。小学生の頃に下山ルートとして使った御殿場口で初めて見かけ、当時は「何でこんな鉄柵が富士山にあるのだろう?」と思っていました。が、大変失礼致しました。強力に興味を持ち、色々調べていくうちに「あっ、これが長田尾根か!」とわかりました。

強力として活躍した後、気象庁の職員となった長田輝雄さん。富士山をもっとも知り尽くしているといっていいベテランだったが、冬季登山中の御殿場口7合目付近で突風に煽られ、頭から岩に激突して即死してしまった。享年59歳。長田さんの死後、全国の気象庁職員から募金がよせられ、8合目の尾根から頂上に向かって幅1m、長さ1,100mの尾根伝いの登山道が開かれ、風から身を守る鉄柵が設けられたそうです。この登山道は「長田尾根」と呼ばれています。

冬は雪と氷に覆われ、表面には数センチしか出ていません。冬季富士山登山の際、突風が吹くと、測候所職員や強力達はこの数センチしか出ていない鉄柵にしがみ付き風が止むのを待ったそうです。

右の写真は、山頂から御殿場登山道を下り、9合目か8合5勺辺りに建てられた記念碑です。碑には「長田尾根登山路建設記念碑」と刻まれてます。上の写真はこの記念碑から麓を、右の写真は頂上へつながる尾根を撮ったものです。御殿場登山道を通る際、この場所に立ち止まり測候所職員や強力達の姿を思い浮かべてはいかがでしょう?

富士山は、現在、文化遺産としての世界遺産登録を目指しております。台風の進路予想に多大な貢献をした富士山測候所。その測候所を支えたこの長田尾根の鉄柵。全く個人的な意見ですが、この鉄柵はこのまま残してもらいたい!と思います。自然遺産を目指すのなら、この鉄柵は撤去されてしまうのか?文化遺産なら残してもらえるのか?富士山人にはどうすることもできません。ただ、伝えること、みんなに知ってもらうことは出来る!富士山人は環境保全だけでは無く、このような活動にも力を入れていきたいと思います。

左の写真は御殿場口の上りルートと下りルートが交差する(下りは砂走りの途中)7合目(辺りだと思うのですが・・・)に建っている供養塔です。碑には「長田輝雄之供養塔」と刻まれてます。

冬の富士登山は大変危険だ!経験ある人は誰もがそう言います。野口健さんもそうおっしゃってました。そんな危険な冬の富士山を日本人の生活をまもるために登った人達がいる。台風の進路が予想され、多くの人が対策を取り、どれだけ多くの命が救われたのだろう・・・。

 

右の写真は、御殿場口を下山中に目に入った建物です。場所は7合5勺辺りのような・・・。はっきりとしたことはわからないのですが、測候所職員や強力が冬山登山の際に避難所として使った建物ではないかと思われます。鉄柵がこの建物へ誘導するように建てられ、高いところに扉が付けられてます(写真の茶色い扉)。雪で覆われ通常の入り口が開かない時は、ここから中へ入って避難したのでは・・・。

2004年10月から無人化された富士山測候所。現在も遠隔操作により気象観測は続けられているそうです。

この建物を高所研究機関として利用する案が議論されています。

 

既にレーダードームが撤去された富士山測候所。測候所への最後の難所「馬の背」にも鉄柵があります。

余談ですが、撤去されたレーダードームは山梨県富士吉田市の道の駅にて展示されております。測候所の職員や強力達が御殿場口を使用していたことを考えると御殿場に展示して欲しかった・・・。

 

御殿場口5合目は、標高1,400mにあり、登山道としては最も低い場所からの登山となります。そのためか登山者は少なく、下山ルートとして使われることが多いようです。私が初めて御殿場口を下山した30年前よりも山小屋の数も減り、他のルートよりも寂しい感じがします。しかし、この御殿場口には日本の気象観測を支えた歴史があり、ドラマがあります。

富士講の信者は富士吉田口からの登山が多かったと聞きました。絵や歌に読まれた富士山は富士・富士宮方面からが多いと思います。御殿場口は、測候所の歴史や強力のドラマがあります。それぞれ違った歴史を持つ登山道。そんな歴史も考えながら登ってみてはいかがでしょう?

reported by 富士山人代表1 あつし